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千葉地方裁判所 昭和51年(ヨ)179号 判決 1979年4月25日

債権者 江崎幸雄

右訴訟代理人弁護士 高橋勲

同 高橋高子

同 田村徹

同 石井正二

同 鈴木守

同 白井幸男

同 後藤裕造

右訴訟復代理人弁護士 米澤善夫

債務者 社会福祉法人九十九里ホーム

右代表者代表理事 高倉鎮雄

右訴訟代理人弁護士 高島良一

同 石川常昌

主文

一  本件申請を却下する。

二  申請費用は債権者の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  債権者が債務者の設置運営にかかる九十九里ホーム病院に臨床検査技師として勤務する従業員である地位を仮に定める。

2  債務者は債権者に対し、金八五六万七二九三円及び昭和五二年三月以降毎月二五日限り金一五万八一三七円を仮に支払え。

3  申請費用は債務者の負担とする。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  申請の理由

1  債務者は、昭和二七年五月二五日に設立され、その事業として内科、外科、整形外科、泌尿器科、呼吸器科の各診療部門を擁する九十九里ホーム病院(以下単に債務者病院ともいう。)を設置、運営する社会福祉法人であり、債権者は、同三七年九月債務者に雇用され、以来右九十九里ホーム病院の臨床検査技師の業務に従事してきたものである。

2  債務者は、昭和四七年六月一三日債権者に対し解雇(以下本件解雇という。)の意思表示をなし、同日以降その従業員たる地位を認めない。

3  債権者は債務者から毎月二五日限り給料の支払を受けていたが、債務者病院では本件解雇後毎年四月にベースアップ、同七月に定期昇給が実施されているので、これらを基準にして債権者が支払を受くべき賃金(給料及び一時金)を算出すれば、昭和四七年六月一四日以降同五二年二月末日までの合計が金八五六万七二九三円となり、同年二月当時の給料は一か月金一五万八一三七円となることが明らかである。債権者は労働者であって債務者から支払われる賃金を唯一の生活の資としているところ、本件解雇により賃金を失い、その生活上著しい支障をきたしている。また、債権者は九十九里ホーム病院従業員給合(以下従組という。)の委員長であるが、債務者は本件解雇通知とともに債権者に対し債務者病院構内への立入りを禁止するなどしており、本件解雇により債権者は右組合活動の面においても著しい支障を被っている。

よって、申請の趣旨のとおりの裁判を求める。

二  申請の理由に対する答弁

1  申請の理由1及び2の各事実は認める。

2  同3のうち、債権者が債務者から毎月二五日限り給料の支払を受けていたこと、ベースアップと定期昇給を基準にした債権者の賃金の計算関係及び金額が債権者主張のとおりであること、債権者が従組の委員長であり、債務者が本件解雇通知とともに債権者に対し組合事務所を除く病院構内への立入りを禁止したことは認めるが、その余の事実は否認する。

《以下事実省略》

理由

一  申請の理由1(債権者と債務者との雇用関係など)及び同2(債務者が債権者に対して解雇の意思表示をしたことなど)の各事実は当事者間に争いがない。

二  本件解雇の当否について

1  本件解雇が債務者病院の就業規則三一条一号及び四号に基づいて行なわれたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、右就業規則三一条本文並びにその一号及び四号に「職員が左の一に該当する時は懲戒する。(一)ホームの名誉を毀損した時(四)故意又は重大な過失によってホームに不利を与えた時」、同三二条に「懲戒は左の一又は二以上を併せ行う。(一)譴責(二)昇給停止(三)減俸(四)解雇」とそれぞれ記載されていることが認められるところ、債務者は本件ビラの作成・配布が右事由に該当するとして本件解雇の意思表示をした旨主張するので、以下その当否につき判断する。

2  本件ビラの作成・配布の経緯

(一)  債務者病院には、昭和四四年六月四日に結成された従組があり、債権者は従組結成以来その執行委員長の地位にあったこと及び従組は債権者らが中心となって、債務者病院における従業員の労働条件の改善を求める活動をなしてきたことは当事者間に争いがない。

(二)  《証拠省略》によれば、次の各事実が一応認められ(る。)《証拠判断省略》

(1) 昭和四七年六月五日、ビラX一〇〇〇枚が同日付の朝日新聞朝刊に折り込まれて永井新聞店から、同月六日、ビラY一〇〇〇枚が同日付の毎日新聞朝刊に折り込まれて久保田新聞店から、同月七日、ビラY約二〇〇〇枚が同日付の読売新聞朝刊に折り込まれて橋本新聞店からそれぞれ八日市場市及び野栄町の一般住民に、同月九日、ビラY二〇〇〇枚が同日付の読売新聞朝刊に折り込まれて小梛新聞店から横芝町及び光町の一般住民にそれぞれ広く配布された。

(2) 本件ビラの原稿は、債権者が文案を作成し、これを従組の一部の組合員間で検討して確定し、債権者がこれを原紙に書き込むという手順でなされ、その後右原稿がガリ版で印刷されたのち、債権者ないしその補助者が債権者の指示に従って前記各新聞店に本件ビラの折り込み依頼に行ったこと及び本件ビラの配布当時は従組の昭和四七年度春闘の取り組みの最中であったが、同年四月には従組副委員長であった中嶋が家事の都合で退職したため、債権者が文字どおり従組の中心的役割を果たしており、本件ビラの企画、立案、作成、配布についての計画及び実行はいずれも債権者の強力な指導の下でなされた。

3  ビラXの記載内容について

(一)  ビラXの体裁、記載が別紙(一)のとおり(但し、赤色で記入の部分と書かれている部分。別紙(二)も同じ)は除く)のものであることは当事者間に争いがない。

(二)  ビラXの目的が債務者病院の労働条件(労働時間や賃金など)の劣悪さについて言及するものであると一応解されるところ、その記載内容が債務者の名誉を毀損し債務者に不利益を与えたか否かが本件において問題となるものであるから、以下その記載の真実性及び妥当性について検討する。

(1) ビラXのうち別紙(一)のa部分(以下単にa部分などという。)の記載について……これがビラXの見出しになっているものというべきところ、右の見出しは、これを読む一般住民に、ビラXの作成名義が従組(ビラXの左端の部分)となっているところから、債務者病院において何らかの患者の死亡事故が発生したこと及び本文の記載と相まって右事故の原因である手不足、過労、低賃金を強いている債務者が右死亡事故につき真の犯人と看做されても仕方がないような事情にあることとの印象を与えかねないものであり、かつその用語自体債務者が刑事責任を問われるかの如き表現であり、甚だ穏当を欠くといわざるをえない。見出しは、本文の内容をそこに集約して読者にその内容を一目で理解させるという効果をもつものであるが、後述の如く本文(b及びc部分)に記載された死亡事故がいずれも債務者病院において発生したものではないことなどに照らせば、a部分の見出しは債務者病院における労働条件の劣悪さを訴えるものとしては極めて不適当なものというべきである。

(2) b及びc部分の記載について……同所に記載の医療事故の事例が、いずれも債務者病院において発生したものでないことは当事者間に争いがない。

そして《証拠省略》によれば、b及びc部分の記載はいずれも看護婦白書からの引用であって、同白書の記述をやや縮少してはいるが大体において正確であるが、同白書からの引用である旨の記載を全く欠いていることからして、債務者病院や従組の名が表示されたビラXを見れば、b及びc部分に記載された死亡事故は債務者病院で発生し、その原因は手不足や過労が原因であるとの印象を一般住民が抱くことは十分予想されるところであるから、債権者は、新聞折り込みという手段で広く債務者病院付近の住民にビラXを配布する以上、出典を併記するなどして事故が債務者病院で発生したものでないことを明確にする必要があったものというべく、かつ事は患者との信頼関係が重視されるべき病院であるから、その必要性は一層強いものと考えられる。

(3) d部分の記載について……《証拠省略》を総合すれば、昭和四七年二月に約二年ぶりで医療費が一三・七パーセント引き上げられたこと、債務者病院の認可病床数はe部分に記載のとおりであって、昭和三八年以後は二三六床ではあるが、実際の入院患者数は同四一年度の一日平均約二〇〇人を頂点に漸次減少傾向を示し、同四七年度は一日平均約一一二人となっていたこと、昭和四十六、七年頃当時旧治療棟の使用していなかった涼しくて静かな手術室に夏の間だけ三人の患者を収容し、付き添いの家族のためさらにベッドを一つ入れたことはあるが、それ以外に三人部屋を四人にしたということはないこと、また、昭和四七年頃乳児の入院患者が、他の入院患者に迷惑をかけるということから、空室になっていた東寮に母親に付き添われて入ったり、静かな部屋を希望した他の二、三の患者が同所に移ったりしたことはあるが、東寮は看護婦のいないところではないこと、そして右手術室や東寮への移動は右のとおりの事情に基づくもので入院費の値上げとは何ら関係がないこと、主任看護婦は、結核病棟においては昭和四七年三月以前から、一般病棟においては、看護婦の減少で当直回数が増加してきた同年三月から、それぞれ当直勤務をしており、また婦長は、昭和四六年四月頃の看護婦のストライキのときこれに代って当直勤務をしたことがあるにすぎないこと、従って、入院費の大幅値上げに対応して債務者が入院患者を増加させたため人手不足を生じ主任、婦長も総動員で当直をする事態になったものではないこと、昭和四七年当時における看護婦の日昼の通常勤務時間は午前八時から午後六時までで、当直勤務時間は午後一一時から翌朝午前五時までであり、午後六時から同一一時までと翌朝午前五時から同八時までは当直と称しながら通常勤務であって、右通常勤務を一日分の勤務と看做して翌日は休日とする取り扱いをしていたこと、看護婦の当直回数は、昭和四七年三月から同年七月までの間についてみると一人当り一か月平均五・一四回であるが、各月ごとにみれば当直勤務を全くしていない看護婦もいる反面一か月八ないし一三回も当直勤務をしている者もかなり存在すること、なお、債務者が昭和三三年五月に申請し同年七月に銚子労働基準監督署長より許可を受けた断続的な宿直勤務許可申請書によれば、看護婦の宿直勤務時間は午後八時より翌朝午前八時まで、同宿直回数は一人につき二週間に二回でありかつ看護婦は午後一一時三〇分より翌朝午前六時までは就寝する勤務態様となっているが、右許可されたものと実際の運用との間には右述のとおりややくい違いがあるが、それは、昭和四四年以降の看護婦及び准看護婦数の減少に伴ってとられた措置であり、その結果、看護婦や准看護婦の当直勤務が忙しさを増してきたことも否定できないが、しかし、看護婦の勤務の実態につきこれを一般化して「夜勤は、朝の八時から翌日の朝八時四五分の約二五時間勤務」と断定するのは誤りであること、以上の各事実が一応認められ(る。)《証拠判断省略》

右事実によれば、d部分は、事実を歪曲したり誇張したりした不正確な前提事実に基づき、あたかも債務者が大きな収益をあげるため、入院患者を増加させる一方看護婦などの労働が過酷になっているかのように訴えようとするものといわなければならない。

(4) e部分の記載について……《証拠省略》によれば、債務者病院では昭和二四年以来認可病床数がe部分に記載のとおり増加してきたこと、本件ビラが配布された頃債務者病院には医師、看護婦、技師、事務職員、雇員などの職員が全員で約一〇〇名おり、そのうち雇員は約二〇名程度であったこと、雇員以外の職員は月給を支給されるのに対し、雇員は病院内の各種の雑用等の単純労務に従事し(男子は病院構内の建物の外回りの営繕関係、掃除、食事の運搬等の雑用に、女子は病棟における食事の盛り付け、配膳、掃除、診療棟における雑用、食器洗い、シーツ等の洗濯、寝具の管理、検査室における試験管洗い等の雑用にそれぞれ従事している。)、日給による賃金の支払を受けるものであること、昭和四七年六月当時、雇員は債務者病院近隣農家の婦人が多く、雇員の停年である五五歳を過ぎた者が約半数程度であり右のような単純労務を行なうものであるから、雇員以外の職員に比較すると賃金は相当低かったこと、債務者は従組の昭和四七年度春闘における賃上げ要求に対し、同年四月「一般職員は一律六〇〇〇円プラス一号俸プラス定期昇給、雇員は五五歳未満の者は日額の二〇パーセント、五五歳以上の者は同一〇パーセント各アップ」という回答をして従組となお同年六月当時も交渉中であったこと、ところがe部分の記載は賃金の低い雇員一六名のみが取り上げられて、これがあたかも職員一般の賃金であるかのように記述され、かつ勤続年数等に関係なく債務者が差別的な賃上げ回答をしたこと、その反面債務者が病床数を増加させてきている旨記述されていることなどの事実が一応認められる。

右事実によれば、e部分は、殊更賃金の低い雇員を取り上げて、これが職員一般の賃金の実態であるかのように示し、債務者が病院の規模を拡大する一方職員の賃金を低く押え、その上差別的賃上げを行なっているとの印象を一般住民に与えようとしたものであるといわなければならない。

(三)  以上のビラXの記載内容についての認定説示によれば、ビラXは従組が債務者病院における労働条件を批判する趣旨のものであるが、その記載内容は、債務者病院において手不足や過労が原因で患者の死亡事故が発生しており、右事故の根本的な原因は病床数と入院患者を増加させる一方職員の労働条件の改善を図ろうとしない債務者自身にあるとの誤った印象を一般住民に与えようとするものであり、その記載内容はその記載方法と相俟って、真実性、妥当性を欠いた極めて不当なものであるといわなければならない。

4  ビラYの記載内容について

(一)  ビラYの体裁、記載が別紙(二)のとおり(但し、赤色で記入の部分は除く)のものであることは当事者間に争いがない。

(二)  ビラYの記載の真実性及び妥当性について

ビラYには、その上部に従組の名が表示されており、これを読む者は別段の表示のない限りビラYに記載の事柄は全て債務者病院に関するものであると受け取るのはやむをえないものといわなければならない。

(1) ビラY(別紙(二))のf部分の記載について……《証拠省略》によれば、f部分には勤続年数一八ないし二〇年の職員八名の月給が記載されているが、債務者病院で右の職員に該当する者は、昭和四七年三月現在で勤続八年六月の用務員戸田つぎ(五三歳、日給……f部分の勤続二〇年のTさんに該当)、同二〇年六月の用務員小林こいの(六〇歳、月給……同勤続二〇年のKさんに該当)、同二〇年四月の用務員山崎きよ(六三歳、月給……同勤続一九年のSさんに該当)、同一九年六月の検査助手鈴木きよ(四八歳、月給……同勤続二〇年のYさんに該当)、同一七年一一月の用務員塚田はな(五八歳、月給……同勤続一八年のOさんに該当)、同六年八月の用務員高橋佐助(六三歳、日給……同勤続一八年のTさんに該当)、同一一年五月の用務員出井よし(七〇歳、日給……同勤続一八年のSさんに該当)らであると考えられること、右記載には勤続年数の誤りがあるほか意図的に賃金の低い五五歳の停年を過ぎた高年令の女子用務員等のみを取り上げ、かつ実際の賃金支給額から種々の控除額を差し引いた後のいわゆる手取額のみを記載していること、昭和四七年一一月現在の債務者病院所在地の八日市場市や千葉市における債務者と同程度の規模(職員八〇ないし一三〇名、入院患者八〇ないし一八〇名、一か月の外来患者一五〇ないし二六〇名程度)の五つの民間病院における全職員の平均給与を債務者病院におけるそれと比較してみると、債務者病院の右平均給与は約金六万六五〇〇円であるのに対し、前者のそれは金六万二八〇〇円ないし八万三三〇〇円であること、民間病院の職員を被保険者とする千葉県医療健康保険組合に加入する右職員の平均報酬月額は昭和四七年三月末日現在において男子が約金七万八六〇〇円(債務者病院では約金七万二四〇〇円)、女子が約金五万一二〇〇円(同約金五万三四〇〇円)、男女全体を平均すれば一人当り約金七万五〇〇〇円(同約金七万四〇〇〇円)となること、債務者病院所在地付近にある公立の八日市場市国保病院では債務者病院よりも職員の賃金が一般に高いことが認められるが、この差は公立病院と民間病院という組織自体の差からくるものと考えられ、民間病院たる債務者病院と右公立病院との各賃金を単純に比較するのは前提問題が異なり妥当でないこと、従って昭和四七年当時債務者病院における職員の賃金は他の民間病院と比較すればやや低い方とはいえるがそれほど不当に低いとは考えられないこと、そして以上の賃金に関する記載は、これが債務者病院の職員の一般的な賃金であるとの印象をその読者に与えると考えられること、債務者病院の経営は昭和四四年度から同四八年度の間において欠損を生じなかったのは同四五年度のみであって苦しい状態にあり、理事などの管理者は昭和四七年度のベースアップを見送っていたことなどの事実が一応認められ、右事実によれば、債務者及び理事が病床数を増加し職員に重労働を課して収入をあげ医術を算術とする一方、職員の賃金は低くよい看護がなされていないとの趣旨のf部分も事実に合致しない記載であるといわなければならない。

(2) g部分の記載について……同所の記載は、ビラXのd部分とほぼ同旨のものであって、その記載が妥当でないことは前記3(二)(3)で述べたとおりである。

(3) h部分の記載について……同所の記載は、ビラXのb部分とほぼ同旨の内容で、その記載の妥当でないことは前記3(二)(2)で述べたとおりであるが、h部分にはさらに石炭酸浣腸事故を引き起こしたAが裁判にかけられたとの記載があり、右記載をビラYの他の記載との関連でみれば、これを読む者が、債務者病院で働くAが右事故の責任を問われて裁判にかけられたが、右事故について真に責めらるべきは劣悪な労働条件を改めようとしない債務者であると誤って受け取ることは十分に予想されるものといわなければならない。

(三)  以上のとおり、ビラYの記載内容も、不正確かつ死亡事故が債務者病院で発生したと誤解を与えるような記載事実に基づいて、これを読む者に、債務者が収益をあげるため病床数と入院患者を増加した結果、看護婦等の人手不足や重労働をもたらし、これが原因で債務者病院において死亡事故が発生し、右の事故について真に責任があるのは債務者であるとの印象を与えようとしたものというべきであって、ビラXと同じく記載内容及び記載方法は真実性、妥当性を欠くものといわなければならない。

5  本件解雇の正当性

(一)  一般に、従組が、その組合員たる職員の経済的地位の向上を図る目的で債務者病院の経営方針や労務政策等を批判することは、もとより正当な組合活動の範囲内に属するものであり、その文書活動が第三者に協力や理解を呼びかけるために行なわれる場合であっても、それが右の目的の範囲内にある場合には、文書の表現が激しかったり多少の誇張が含まれているとしても、なお正当な組合活動といえるのであって、そのために債務者病院の実態が公表され、債務者が多少の不利益を受けたり、社会的信用が低下することがあっても、債務者としてはこれを受忍すべきものと考えられる。しかし、組合活動としてなされる文書活動であっても、虚偽の事実や誤解を与えかねない事実を記載して債務者病院の利益を不当に侵害したり、名誉、信用を毀損失墜させたりするような場合には、従組の組合活動として正当性の範囲を逸脱するものであり、そのような文書活動を企画、選択、指導、実行した組合員が就業規則に照らし債務者病院からその責任を問われてもやむをえないものといわなければならない。

(二)  ところで、前記一のとおり、債務者は各種の医療科目を有する病院で、昭和二七年以来現在の所在地において患者に医療を提供してきたものであるが、病院の経営及び運用上特に患者の医療や看護に当る医師や看護婦と患者及び病院を利用することが予想される者との間の信頼関係が確立されていることが重要であると考えられるところ、《証拠省略》によれば、昭和四七年六月当時債務者病院の職員は約一〇〇名、認可病床数は結核一二〇床、一般一一六床であること、同四六年度の入院患者は一日平均約一三五人、外来患者は同約一七〇人で、右の患者のうち本件ビラの配布された八日市場市、野栄町、光町、横芝町の住民は右入院患者の約五・八割、同外来患者の約六・七割を占めること、昭和四七年度の入院患者は一日平均約一一〇人、外来患者は同約一五〇人で、右の患者のうち本件ビラの配布された前記地域の住民は右入院患者の約五・三割、同外来患者の約七割を占めること、また債務者病院の患者の大多数は右地域住民とこれに隣接する地域の住民であること、本件ビラ配布直後債務者病院付近の一般住民、患者、保健所、警察、病院などから本件ビラに記載の死亡事故等についての問い合わせが数多くあったこと、さらに従組が債務者病院の労働条件の改善を訴えるため、昭和四六年春頃債務者病院の入院患者や外来患者及び駅頭やバス停などで一般住民に配布したビラで本件ビラのb、c、h部分に記載の石炭酸浣腸事故や亜酸化窒素吸入事故などを取り扱ったビラや同年一〇月ないし一一月に作成したビラには、その記事がいずれも特定の新聞からの引用によるものであることや右事故が債務者病院で発生したものではないことが明らかに判るように、新聞社名を表示したりビラの文言自体にも注意を払ったりしているにもかかわらず、本件ビラにはそのような配慮が何ら払われていないこと、なお、債務者は本件ビラに対処するため、昭和四七年六月一八日本件ビラの記載を否定、反論する内容のビラ二万枚を本件ビラの配布地域に新聞折り込みにより配布したが、このような措置は従前とられたことがなかったことなどの事実が一応認められ、右事実に前記二2ないし4で認定説示の諸点を併せ総合的に判断すれば、本件ビラは、死亡事故が債務者病院で発生したとの誤解を与える表現や事実を歪曲ないし誇張した表現を用いて債務者病院の労働条件が極めて劣悪であるかのように中傷するものであり、その配布手段が債務者病院の経営基盤ともいうべき地域に、通常の労働組合の文書活動としては特異ともいえる新聞折り込みという方法でなされ、その反響も実際大きかったことなどに照らせば、本件ビラに記載の死亡事故などが地域住民に広く誤って流布され、その結果債務者がその営業上多大の不利益を被ることは相当の確実さをもって予見されるところであり、債務者が反論ビラを配布するなどの措置をとらなかったならば、債務者病院の経営に致命的な影響を及ぼしかねなかったものとも予想され、本件ビラの配布は従組の組合活動として正当性の範囲を著しく逸脱したものであると解するのが相当である。そうだとすれば、本件ビラの立案、作成、配布に中心的役割を果たして企画、実行かつ指導した債権者は少くとも重大な過失によって債務者に不利益を与え、債務者の名誉、信用を毀損したものといわねばならず懲戒事由たる就業規則三一条一号及び四号に該当するものといえる。しかして、前述してきた本件ビラ配布の重大性を考慮すれば、解雇をもってのぞんだ債務者の決定はやむをえない正当なものと解される。

三  就業規則の有効性

1  《証拠省略》を総合すれば、以下の事実が一応認められ(る。)《証拠判断省略》

(一)  昭和四七年当時の債務者病院の就業規則は同二七年六月に作成されたものであり、右就業規則は同二九年三月全職員に配布された。

(二)  その後債務者は、昭和三三年七月に右就業規則の一部を改正したが、その際には全職員が加入していた親睦団体である「一羊会」の代表者から意見を求めかつその意見書を付して就業規則変更届出の手続をとったうえ、同三四年五月に再度就業規則を全職員に配布した。

(三)  さらに、昭和四〇年代に入ってから債務者は、各職場の主任に就業規則を一部宛配布して職員に就業規則を見せるように指示し、併せて債務者病院の第一ないし第三、第五、第七の各病棟、外来看護婦室、薬局、事務の医事係、給食係、検査室、物量室、エックス線室など一二の主要な箇所に職員が随時これを見られるように就業規則を備え付けてきた。

2  以上の認定事実からすれば、昭和四七年当時債務者は就業規則を従業員に周知させていたものと認めるのが相当であるから、これと前提を異にして、周知を欠く無効な就業規則に基づく本件解雇が無効であるとの債権者の主張は、その余の点について触れるまでもなく採用することができない。

四  不当労働行為の成否

《証拠省略》によれば、昭和四四年六月に従組が結成されて以来債権者を中心とする従組は毎年春闘、夏季一時闘争、年末一時金闘争を激しく展開し、労働条件の改善を執拗に要求し、看護婦の長期にわたるストライキを実行してきたこと、その間、債務者は従組に対決姿勢をとり続けてきたことが一応認められ、右事実からすれば、債務者が従組の組合活動を嫌悪し、ひいては、従組執行委員長で従組活動の中心である債権者を敵視していたことも否定できないところである。

しかしながら、本件ビラの配布自体が前記二で認定説示のとおり正当な組合活動の範囲を著しく逸脱するばかりでなく、債務者病院の経営に致命的な影響を与えかねないといった、極めて特殊、重大なものであるから、解雇以外の処分が考慮される余地も殆どないものと解され、債権者を懲戒解雇に付した本件解雇はやむをえない正当な処分と解するほかなく、前記のような従組及び債権者と債務者間の背景的事実を考慮しても、また、本件全疎明資料によっても本件解雇が債権者主張のように不当労働行為にあたるものとは認められない。

従って、債権者の不当労働行為の主張は採用することができない。

五  権利濫用について

本件ビラの配布が前記のとおり正当な組合活動の範囲を著しく逸脱し債務者の営業に多大の不利益を与えるものであり、かつ債権者が本件ビラの立案、作成、配布の計画及び実行を強力に指導した中心人物であることを考えると、債権者が臨床検査技師として長年債務者病院に貢献してきたものであるとしても、本件ビラ配布の重大性と対照すれば未だ本件ビラ配布の不信義性を解消するに足りず、他に本件解雇が懲戒権の濫用であることを認めるに足りる疎明資料はない。

そうすると、債権者の権利濫用の主張も採用することができない。

六  結論

よって、債権者の本件解雇が無効であるとの主張は全く理由がなく、本件解雇は有効と認められるから、本件仮処分申請はその余の点を判断するまでもなく失当としてこれを却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 輪湖公寛 裁判官 東原清彦 裁判官井上繁規は転任のため署名押印できない。裁判長裁判官 輪湖公寛)

<以下省略>

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